IFJ中国経済情報 ウクライナ戦争と中国経済
エコノミスト 多摩大学客員教授 結城 隆
(1)不倶戴天の敵同士の和解を周旋する
3月10日、北京においてサウジ・アラビアとイランが中国の周旋により、2016年以来途絶えていた国交回復協定に調印し、2か月以内にそれぞれの大使館を開設することで合意した(i)。この合意書には別途安全保障にかかわる秘密協定も含まれている。それぞれにとって不倶戴天の敵とも言える関係が国交再会と安全保障面での協力関係樹立という劇的な改善に至ったのは、「両にらみ」が可能な中国の立ち位置、そして国際政治の「潮目」の大きな変化をとらえた中国の周到な根回しがあったからだと思う。
まず、中国の立ち位置について見ると、サウジは中国にとって最大の原油輸入先である。中国の2021年の国別原油輸入シェアを見るとサウジが17%で第一位である。また、サウジの国別輸出シェアは、中国がトップで20.2%、第二位のアメリカの10.7%を大きく引き離している。また、サウジの防衛についてはアメリカが最大の支援国ではあるが、同国のジャーナリストであるカショギ氏殺害事件を機に、米・サ関係は冷却し、アメリカのサウジ向け武器輸出は低迷している。また、中国の2005年から2021年の中東・北アフリカ向け直接投資累計額は2,139億ドルに上るが最大の投資先はサウジで、累計金額は435億ドルに上る。
一方、イランにとっても中国は輸入総額の25%を占める最大の貿易相手国である。2018年には、中国湖南省の長沙とテヘランを結ぶ中欧班列の支線も開通した。また、中国はイラン産原油の最大の買い付け国でもある。原産国をオマーンやマレーシアに換えることにより、イラン原油の28%が中国向けに輸出されている。2021年には、中国とイランとの間で爾後25年間に渡って総額4千億ドルの投資を中国が行う投資協定が締結された。核開発問題により欧米の経済制裁を受けているイランにとって中国との貿易は生命線であると言える。サウジ、イラン双方にとって中国は非常に重要な貿易・経済のパートナーと言える。また、中国にとって、サウジとイランは習政権が進める一帯一路構想の沿線に位置する大国でもある。
次に、2021年8月のアフガニスタンからの米軍撤退、そして翌年2月に発生したロシアによるウクライナ侵攻は、欧米主導型の国際秩序を大きく揺るがせた。前者は、アフガニスタンに駐留していたNATO加盟国軍に対する事前の根回しなしに突如行われた。加盟国のアメリカに対する怒りと不信は大きかったはずだが、それに加えて、中東安定の支えとしてのアメリカに対する中東諸国の信頼は揺らいだ。また、ロシアのウクライナ侵攻は、欧米を結束させた一方で、それ以外の国々に対し自由と民主主義か、それとも権威主義かという二者択一を強いた。これが中東・アフリカ諸国の欧米に対する不信と不満を高めた。それ以前から中東諸国の欧米に対する不満はくすぶっていた。2003年に起こったアメリカ主導のイラク戦争は、イラクの大量破壊兵器保有というでっち上げの理由に基づくものだった。2011年におこった「アラブの春」をきっかけに起こったリビアとシリアの内戦には、欧米諸国が介入した。イラク、リビア、シリアは荒廃の一途をたどった。2016年に起こったシリア難民危機に当たり欧州はこれらの締め出しを図ったしかし、ウクライナからの難民は欧州諸国に積極的に受け入れられ手厚い保護と支援を受けた。2022年11月にカタールで開催されたFIFAワールドカップでは、カタールの人権問題が欧米によって糾弾された。米軍のアフガニスタン撤退とウクライナ戦争は、中東諸国と欧米との心理的な距離を相当広げたのではないだろうか。
こうした潮目の変化を見て、中国が動いた。昨年12月には習近平国家主席がサウジを訪問し、GCCサミットに出席した。ホスト国であるサウジの歓迎は7月のバイデン大統領訪問を上回るものだった。サウジを不倶戴天の敵とみなすイランはこれに強い不満を表明したが、中国政府は、間髪を入れず胡春華副首相を特使としてテヘランに派遣した。ライシ大統領に散々嫌味を言われたとの報道もあるが、このときサウジとの和解も話合われたのではないか。事実、その後、ヨルダンにおいてサウジとイランの外相会談が行われている(ii)。そして今年の2月、ライシ大統領の北京訪問と習近平国家主席との会談が実現した。そして3月、サウジ、イラン両国の安全保障担当トップが北京を訪問し、王毅外交主管政治局員立ち合いの下で国交回復協定に調印した。なお、両国の北京訪問にあたっては別途秘密会合が持たれ、両国の安定を揺るがす安全保障、軍事、報道に関わるいかなる行為も行わないことが約定され、その具体的な対象も特定されたという(ii)。
中国の周旋活動が奏功したのは、中国が対立の当事者ではなかったこと。中国との経済関係がサウジ、イラン双方にとって極めて重要であったこと、左記の両国ともに「対立のコスト」を重荷に感じていること、などが背景にあると思う。
サウジとイランの国交回復は、トルコとシリアとの関係改善の動きも加速させるかもしれない。シリアとトルコの関係改善のため首脳会談の開催も視野に入れた両国外相の会談が水面下で協議されているという。2月6日にトルコとシリアを襲った大地震によりスケジュールはずれ込む可能性はあるものの、むしろそれゆえに、関係改善の動きに拍車がかかる可能性もある。トルコ・シリア関係は2011年のシリア内戦勃発までは非常に緊密だったが、内戦に伴うISの跋扈や、反政府勢力との抗争、さらにはクルド人独立派の活動の活発化、そして300万人ものシリア難民のトルコへの流入により、急速に悪化した。関係改善の動きは、トルコにとっては今年5月14日に予定されている大統領選挙の目玉にもなりえる。アンケート調査によればトルコ市民の59%がシリアとの関係改善を望んでいる。エルドアン大統領はすでにサウジ、UAE、イスラエルとの関係改善に向けても動き出しているといわれる(ii)。シリアにとっては、トルコとの関係改善は内戦によって疲弊した経済の立て直しと、内戦の早期終結の実現にもつながる可能性もある。なお、トルコとサウジの関係も昨年から著しい改善を見せている。トルコは年率80%に上るインフレとそれによるリラの下落に苦しんでおり、リラ防衛によって、手持ちの外貨準備が枯渇していた。これに救いの手を差し伸べたのがサウジである。サウジは昨年11月、トルコの外貨準備を補完するため、50億ドルに上る資金をトルコ中銀に預金した(ii)。サウジの経済は石油頼みの面があるが、2022年アラムコの利益は過去最高の1,610億ドルに上った(iii)。
今年、イラク戦争が勃発してから20年目を迎える。サウジとイランの国交回復、あるいはサウジとシリアの関係改善、そしてサウジとトルコの関係の緊密化は、これまでの20年間における中東地域の混乱を不安定に終止符を打つ可能性がある。これに果たした中国の役割は決して過小評価されるべきではないと思う。また、これを機に、サウジとイランが中国が主導する上海協力機構に参加する可能性も見えてきたのではないだろうか。もしこれが実現すればある程度まとまりをもったユーラシアパワーが出現することになる。
(2)ウクライナ戦争和平に向けた周旋
① すべての国の主権尊重
② 冷戦思考の放棄
③ 敵対行為の停止
④ 和平交渉の再開
⑤ 人道危機の解決
⑥ 民間人と捕虜(POW)の保護
⑦ 原子力発電所の安全保持
⑧ 戦略的リスクの軽減(核兵器の威嚇や使用、核拡散の阻止、生物化学兵器使用の反対)
⑨ 一方的な制裁の停止
⑩ 産業チェーンとサプライチェーンの安定
⑪ 紛争後の復興促進
▲中国の和平12項目提案(外交部)
3月20日、習近平国家主席はモスクワを訪問し、翌21日、プーチン大統領と4時間を超える会談を行った。3日間の両者による会談は10時間を超えた。中ロ首脳会談に先立って3つの大きな動きがあった。まず2月22日王毅政治局員がモスクワを訪問しプーチン大統領と会談した。その後発表されたコミュニケでは、中ロ両国はそれぞれにとっての戦略的重要性を確認し相互信頼と協力を深化させることが確認された(ii)。しかし、「際限のない友好関係」という言葉は無かった。そしてウクライナ戦争開始から1年を迎えた2月24日、中国政府は12項目のポジションペーパーを公表した(iii)。内容は誰も異を唱えることができないものだ。第三に、習国家主席の訪ロ前の3月16日泰剛国務委員とウクライナのクレバ外相が電話会談を行い、両国トップの電話会談を実施することが合意された。
3月21日に発表された中ロ首脳による共同声明においてロシアは、2月24日に中国が公表したポジションペーパーの内容を評価すると同時に、可能な限り速やかに和平交渉を再開するとのコミット面とを確認した。すなわち、「中ロ両国は、国連憲章の目的と原則が尊重されなければならず、国際法が尊重されなければならないと信じる。 ロシアは、ウクライナ問題に関する中国の客観的かつ公正な立場について前向きな発言を行った。 両国は、他国の正当な安全保障上の利益を害する軍事的、政治的またはその他の優位性を求めるいかなる国または国のグループにも反対する。 ロシアは、可能な限り早期に和平交渉を再開するとのコミットメントを改めて表明し、中国はこれを高く評価する。 ロシアは、政治的・外交的手段を通じてウクライナ危機の解決に積極的な役割を果た
す中国の意思を歓迎し、「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」文書(ポジションペーパー)に示された建設的な命題を歓迎する。 両国は、ウクライナ危機の解決策は、すべての国の正当な安全保障上の懸念を尊重し、陣営の対立の形成を防ぐ必要を指摘した。 両国は、責任ある対話が問題を着実に解決するための最良の方法であることを強調した。 そのために、国際社会は関連する建設的な努力を支援すべきである。 両国は、危機のさらなる悪化または制御の喪失さえも回避するために、戦闘の緊張と長期化に寄与するすべての行動の停止を求めた。 双方は、国連安全保障理事会によって承認されていないいかなる一方的制裁にも反対する」(iii)。
こうした中国の動きを西側諸国は懐疑的に見ている。一方の当時者であるウクライナは一定の評価は示すものの、積極な評価には至っていない。西側諸国は、国連における対ロ非難決議において中国がすべて棄権していることや、安保理会議においてロシア非難決議に反対し続けていることから、中国はロシア寄りの姿勢を維持しているとの見方を隠さない。実際、中ロ貿易は戦争勃発後拡大している。中国のロシアからの輸入は昨年43%増加し、1,140億ドルに上った。対ロ輸出は1,900億ドルに上る。ロシアでの新車販売における中国車のシェアは37%に拡大し(iii)、モスクワ外為市場における人民元のシェアは40%近くに拡大した(iii)。軍需にも民需にも要な電子機器などは、中国からトルコ経由でロシアに流れているそうだ。3月17日には北京発モスクワ行きの貨物列車の運行も開始された(iv)。欧州向けエネルギー輸出がほぼストップしたロシアにとって、中国向け天然ガス輸出はロシア経済の生死を左右しかねないものとなっている。ロシアにとって中国との経済関係は生命線である。
しかし、中国はロシアとの関係強化に一線を画している。中ロトップ会談ではロシアから中国への新たな天然ガスパイプラン「シベリアの力2」の建設について合意が図られることになっていたが、習国家主席はこれを先送りした。「シベリアの力2」は、シベリアの北極圏にあるヤマルガス田からモンゴルを通って中国に年間960億立法メートルの天然ガスを送るものだが、これはもともと欧州向けのガス田である。戦争が続いている中、この契約締結は中国のロシア寄り姿勢をさらに鮮明なものとしかねない(iii)。さらに、中国はロシア向けの武器・弾薬・ミサイルの供与については言を左右にしている。ロシア向けの武器供与が西側諸国による大規模な対中経済制裁を引き起こすことは目に見えている。中国はあくまで通常の経済関係の強化に留める腹積もりである。
清華大学戦略安全保障中心の研究院である周波研究員(解放軍元大佐)は、3月に開催されたミュンヘン安全保障会議に王毅政治局員の随員として参加したが、彼によるドイッチェ・ヴェレ(DW)のインタビューでの発言は、中国の立場をきわめて明確に伝えているので紹介したい(iii)。なお、周波氏はフィナンシャルタイムス紙のインタビューにも応じているが、中国に対する根も葉もない非難や猜疑は中国が大国になったことのコストであると喝破しているのは興味深い(iii)。周波氏は1979年解放軍入隊、広州軍区空軍司令部参謀、国防部外事弁公室参謀、統合局副局長、ナミビア駐在武官、中央軍事委員会国際軍事合作弁公室主任を歴任、この間ケンブリッジ大学留学、同大で博士号を取得している。
~インタビュー抄訳~
DW: ミュンヘン安全保障会議で王毅政治局員は「主権と領土保全はは国際システムの基礎である」と語った。これはロシアのウクライナ侵攻に対する批判か?
周波:我々はロシアにある程度の同情を持っており、ロシアの軍事行動の根本的な原因がNATOの東方拡大であると理解している。 一方ロシアは同国が独自の勢力圏を持っていると信じており、これを軍事的手段で守る意思を持っている。ただし、これはプーチン大統領が正しいという意味ではない。
DW: しかし、これはウクライナ国民が望むものを選択する権利を無視しているのではないか?
周波:ウクライナで起こった巨大な残虐行為を見るのは心が痛む。これは戦争の結果だ。もちろん、結果を見るときは、誰がこれを行ったのか知らなければならない。同時に、なぜこれが起こっているのかを理解する必要がある。
DW: しかし、中国はNATOの東方への拡大について、公然と批判してきたが、ロシアの侵略を批判していない。これをどのように説明するのか? なぜ中国は侵略が間違っていると言わないのか?
周波:中国はこれをよりバランスのとれた、または微妙な方法で表現している。主権の重要性を強調することで、中国は姿勢を明確にしている。王毅氏はこれを原則として語っている。したがって、中国側の立場は明らかであり、誤解されることはない。
DW: しかし、中国は米国を批判する際非常に明確な言葉を使用している。なぜ中国はロシアに対しては間接手な物言いなのに米国には厳しい言い方をするのか。
周波:米国とロシアの中国に対する態度は異なる。したがって中国の米国とロシアに対する態度も違う。米国は中国を主要な競争相手と見なし、ロシアは中国を戦略的パートナーと見なしている。中国はロシアの最大の隣国であり、その逆も同様であることを考慮に入れる必要がある。 中露関係を見るとき、第三者の視点から判断すべきではない。中ロ関係は二国間関係の文脈に置かれなければならない。昨今それが中国と関係のないことであっても、すべてが中国とつながっていると見られている。中国が立場を明確にすることは、どちらかの味方に付くということだ。立場を明確にすれば本当の調停者にはなれない。ただ、中国の立場に対する強い関心は、中国の強さと重要性を示している。ゆえに、中国は責任をもって調停者としての役割を果たさなければならない。
DW: 王毅政治局員は、中国がまもなく和平提案を提出することを明言した。提案から何を期待できるか?
周波:この提案の詳細はわからない。しかし、この戦争は中国の利益にはならないとも思う。この戦争がどれくらい続くかは誰にもわからない。西側諸国はウクライナを強く支持している。しかし一方で、ロシアを打ち負かすことはできない。人々はロシアを打ち負かすことについて話しているが、これはどのようなシナリオになるのか? ロシアは依然として最大の核兵器を持つ大国だ。予想されるのは一種の膠着状態だろう。プーチンはこの戦争に勝つことはないが、負けることもないだろう。これは悲劇的な状況だ。
DW: プーチンは核兵器を使うと思うか?
周波:わからないが本当に心配だ。だからこそ、私は中国人として最初に(西側のマスコミに対し)核兵器を使うべきではないと言った。
DW: ドイツのショルツ首相は北京訪問中に習近平国家主席と意見交換し、その後、中国は核の脅威を批判する声明を発表した。中国は、少なくとも核兵器の使用といった極端な措置を講じないようにモスクワに影響を与える準備ができているか?
周波:中国はロシアに核兵器の使用を思いとどまらせる上で極めて重要な役割を果たしてきたと思う。核兵器の使用は人道に反しており、いかなる状況においても使用すべきではない。ショルツ首相はこの点について合意ができただけでも訪中の価値はあったと述べた。昨年のG20では、習主席がバイデン大統領との会談において、核兵器不使用に関する中国の明確な立場を改めて表明した。そして、これは中国の立場であるだけでなく、ロシア自身のコミットメントでもある。
DW: 台湾海峡ではここ数ヶ月、明らかに深刻な緊張が続いている。台湾の武力統一の可能性は?
周波:ドイツの人々に知ってもらいたい。まず、国は台湾との再統一のスケジュールを設定していない。 次に国防予算を見て欲しい。 通常、国が安全保障環境を懸念している場合、国防予算を増やす。 ロシアとウクライナの紛争の勃発後に発表された今年の中国の国防予算は、過去数十年と同様に、DGPの2%未満にとどまっている。ヨーロッパでのこの戦争は中国の考え方を変えていない。中国は、第20回党大会での報告で「国際環境は嵐である」と述べた。しかし欧米からの圧力にもかかわらず冷静さを保っている。自国の安全保障環境に対する中国の信頼は、他国にとっても重要である。米国は中国を極端な競争相手と見なしているため、米国とも競争する必要があります。しかし幸いなことに、中国はまだ協力について話し合っている。
DW: しかし、GDPに占める軍事費のシェアが上昇しなくても、金額は増えている。中国の軍事力は急速に拡大している。 昨年8月にペロシ米下院議長が台湾を訪問した後、中国は台湾周辺で大規模な演習を実施した。彼女の後継者であるマッカーシー新下院議長も台湾訪問を計画している可能性さえある。彼が行ったら中国はどうするか?
周波:理論的に見れば、中国の反応はもっと大きくなければならない。ペロシの訪問はバイデン大統領と国防総省によって承認されなかったが、彼女は行くことを主張した。中国の前例のない大規模な軍事演習はそれへの対応である。米国が「一つの中国」の立場を認識しているのならば、なぜ中国をそれほど挑発するのか。また、中国が直ちに台湾に侵攻することを示すものはあるのか?これの兆候はまったくない。アメリカは実際には現在非常に分裂している。この分裂は普通の人々とエリートの間だけではない。立法府と行政府など、さまざまな権力部門の間にもあります。米軍内部にも分裂はある。たとえば、アメリカの将軍は、2025年に中国が台湾に侵攻すると述べた。そして何の証拠もないまま、覚書を作成して公表した。しかし、これは国防総省の同意を得たものではない。
DW: 予期せぬ危機が発生した場合に中国と米国の間の危機を管理する能力について懸念がある。実際、現在この問題に対処するための適切なホットラインはない。
周波:中米関係に「ガードレール」を設置しなければならず、それを安定させなければならない。皮肉なことに、米中双方は同じ善意を持っているが、それを実施する方法は見いだせていない。また「ガードレール」設置の協議は双方の力がほぼ等しい場合にのみ構築できる。冷戦が始まって以来、米ソ超大国は力がほぼ同等だったため、特に原子力分野で多くの信頼醸成メカニズムを確立することができた。しかし中国と米国の軍事力はそのような状況ではない。中国の軍事力はアメリカよりもはるかに弱い。
DW: しかし、2030年から2039年の間に、中国軍は多くの重要な分野で米軍と同等か同等になると予想されている。つまり2030年まで、中国と米国の間にホットラインやガードレールは設置されないということか?
周波:2030年までに、中国軍が米軍の強さに追いつくとは思わない。まだまだ先は長い。問題は、世界クラスの軍隊を持つことはどういう意味かということだ。もちろん、米国には世界クラスの軍隊がある。しかし、中国にとって、米国に追いつくためには、今世紀の半ばまで待たなければならないだろう。ただし、1つのことを覚えておいてほしい。米中の力の格差は、西太平洋ではそれほど重要ではない。中国軍は米軍と支配権をめぐって世界的な競争をすることはない。西太平洋地域における主権と領土保全を守る能力がある限り、これで十分である。
DW: 西太平洋において中国と米国は対決するのか? これは避けられないのか?
周波:そうは思わない。逆に、二国間関係が安定し始める時期がこれからやってくると思う。ただ、安定化する前の時期が最も危険であるとも言える。
DW: 最後に台湾侵攻の可能性について。
周波:ヨーロッパでの戦争が台湾海峡で同様の戦争が起こることを意味するものではない。中国は平和的な統一を望んでいる。台湾を破壊してどうする? 人々は平和的統一に対する中国の誠実さを疑うべきではない。中国は非平和的な手段を放棄しませんが、それは極端な事態に備えるためだ。
(3)潮目は変わりつつあるウクライナ戦争の行方
上記の中国のスタンスは、まず間違いなくグローバルサウスの支持を得られると思う。また、ウクライナの継戦能力の大幅な低下、欧米、とくにアメリカの兵器・弾薬の在庫激減、米議会のウクライナ支持熱の低下、ノルドストリーム爆破事件による対米不信の密かな広がりなど、潮目は大きく変わりつつあるように思う。
ウクライナ戦争が始まって400日が経とうとしている。ウクライナの被害は甚大だ。Royal United Services Institute(英国王立防衛安全保障研究所)の推計によれば、①兵士の損失:10万人以上、捕虜3,500人。②インフラの損害総額:1,378億ドル、344の橋、440の学校、173の病院が破壊。③産業:事業会社の47%が営業停止、鉄鋼生産は70%減、農業生産は40%減、耕作地の26%が戦争被害を受けた。④民生:3百万人が食糧不足の状態。避難民総数は8百万人、国内避難民は5百万人、戦闘地域の住民1千万人がストレスによる精神疾患の可能性あり。出生率は1.16に低下。⑤GDP・財政:2022年のGDPはマイナス30%、月間30~40億ドルの財政支援が必要。一方、ロシアの人的被害は20万人を超えるとも言われる。軍事費の負担も重くなってきており、財政収支は今年に入って大幅な赤字に落ち込んでいる(iii)。
ウクライナ自力での継戦能力はもはやないといって良いだろう。頼みの綱は西側諸国からの支援である。侵攻開始以来、西側諸国やIMFなどの国際機関がコミットした援助額は、1,570億ドルに上っている(iii)。昨年9月に始まったウクライナ軍による反転攻勢以降、とくに東部戦線での戦闘が激化している。ドンバス地方の小都市バフムートを巡る攻防戦は激しく、ウクライナ軍は一日あたり5千発の砲弾、これに対しロシア軍は2万発の砲弾を費消しているという。こうした激しい消耗戦が続いていることにより、西側諸国の軍事支援も底が見えつつある。弾薬の消費が激しいため、その原料となる火薬までも在庫が底をつきつつあるといわれる。ドイツ政府は国内の火薬メーカーに増産を要請しているが、新たな工場を立てなければならず増産体制が整うまでには最低2年かかること、投資を賄うため政府の出資ないし財政面での助成が必要との条件が出されている(iii)。このため、NATOは、加盟国以外への支援要請も検討している。火薬についてはインドなどに供給を打診しているといわれる。また、韓国はすでに、58億ドルに上る155㎜榴弾砲の部品をポーランドの軍需産業に供給する契約を締結している(iii)。
最大の武器援助国であるアメリカにも限界が見えつつある。CSIS(戦略国際問題研究所)によれば、アメリカはすでに107万発の155㎜榴弾砲弾、5,200発の精密誘導弾、8,500基のジャベリン対戦車ミサイル、1,600基のスティンガー携帯式地対空ミサイルなどをウクライナ供与しているが、供与量は年間生産能力の5年分とのことだ。増産のためのリードタイムには1~2年かかると言われており、在庫減を埋め合わせつつ支援を拡大するのは容易ではない(iii)。スティンガーっミサイルに至っては生産中止になっており、再開するためには2年以上の時間が必要とのことだ。ウクライナ戦争前の水準まで兵器・弾薬の在庫を積み上げるには5年以上かかるという。
さらに、アメリカ議会のウクライナ支援熱が低下しつつある。Pew Research Centerの米議会議員を対象としたアンケート調査によれば、アメリカのウクライナ支援をもっと拡大すべきと答えた議員の割合は2022年3月の42%から今年1月には20%まで低下する一方、支援はもう十分、やりすぎと答えた割合は7%から26%に増えている。特に共和党議員の場合、支援を拡大すべきと答えた議員は同じく49%から17%に激減している。総じてみると、ウクライナに対しさらに支援を拡大すべしと考える議員と現状でよしとする議員の割合は、74%から51%に低下している。共和党の場合72%から41%への低下であり、過半数がこれ以上の支援は不要と考えている(iii)。昨年11月の中間選挙において、共和党が下院で多数を占めた。バイデン政権にとっては、現状以上のウクライナ支援の実施は議会対策上難しいものになっていると言える。韓国がポーランド向けに榴弾砲の部品を供給する契約を締結したのも、おそらくはバイデン政権からの強い要請にこたえたものだろう。日本もすでに自衛隊輸送機3機、防弾チョッキ1,900着、ヘルメット6,900個などをウクライナに供与しているが、この分でいけば更なる「貢献」を要求されそうだ。
また、西側諸国とくに欧州において対米不信が水面下で広がっている可能性もある。2月8日、アメリカの報道記者シーモア・ハーシュ氏が昨年9月に起こったノルドストリーム爆破事件をアメリカの仕業と報道し、激震が走ったが、それからほぼ一か月たった3月7日、ニューヨークタイムスなどが、ドイツ国内の親ウクライナ派が関与していると報道した。これに噛みついたのが中国メディアだった。なぜ、ハーシュ氏の報道からひと月経った後、一斉にこうした報道がなされたのかという疑念が中国メディアから駐華ドイツ大使館に寄せられた。要は政府とメディアとの間で何らかの口裏合わせ、そして米政府による隠ぺい工作が行われたのではないかというのだ(iii)。
こうした事態を前にバイデン政権は、西側陣営の引き締めを強めているように見える。3月18日、ショルツ独首相が訪日した。開かれたインド太平洋構想に対する協力が協議されたというが、ノルドストリーム問題に端を発したドイツ政府の対米不信に釘をさすというバイデン政権の「指示」もあったのではないか。また、岸田首相がインド訪問の後、プライベートジェットでポーランドに乗り込み、21日キーウに入った。お土産は5億ドルの援助(それと広島名産の「必勝おしゃもじ」!)であるが、岸田・ゼレンスキー会談は、習・プーチン会談の「当て馬」にされた格好だ。
バイデン陣営における有力な経済大国はドイツと日本である。この両国を手駒として自在に使おうとしているのかもしれない。この前に東京で行われた日韓首脳会談では両国関係の改善が謳われたが、この背後にもバイデン政権の圧力と指嗾があったのではないかと想像される。前述のように今年は第二次イラク戦争開戦から20年目の節目の年でもある。この戦争がアメリカの謀略によるものであったかどうかの検証が行われている(iii)。「四の五の言わずに従え」とばかりウクライナでも、バイデン政権が戦争を煽り、なりふり構わず同盟諸国を巻き込むべく圧力をかけるという構図が透けてみえないだろうか。国内で共和党の戦争熱が冷めつつある中、陣営内の強国の協力は戦争継続のためには不可欠になっている。
ウクライナでの和平のポイントは①停戦の可否、②占領地の扱い、③ロシアの責任問題(含む経済制裁解除の可否)の3点であると思う。①についてはどれほど実効があるかどうかわからないが、ゼレンスキー大統領(ひいてはバイデン政権)が応諾すれば実現する可能性が高い(ゼレンスキー大統領はウクライナ戦争についてもはや実質的な権限は持っていないとの説もある(iv)。②と③については相当の時間がかかるに違いない。ただ、②については、いわゆる新G7(中国、インド、インドネシア、ブラジル、トルコ、メキシコ、イランあるいはサウジ)が停戦監視の役割を担うということも可能性としてはあるかもしれない。また、膨大な軍事援助を通じ、アメリカとNATO加盟諸国は戦争の実質的「当事者」となっている。中立の立場にないアメリカは和平交渉の周旋人にはなれない。習政権は、中国に対する非難や猜疑を強く否定し、挑発行為を激しく非難するものの自らアメリカやNATO加盟国と事を構えるつもりはまったくないようだ。ロシアとはぎりぎりのところで距離を保っている。習政権は、欧米の分裂とグローバルサウスの和平交渉開始支持のうねりの高まりを待ちつつ周旋のタイミングを計っているのではないかと思う。
i 沙特伊朗握手言和,全球盛赞,中国是怎样促成这一历史性决定的?2023-03-11每日经济新闻、Saudi Arabia and Iran to restore diplomatic ties after seven-year rift Agreement mediated by China seeks to reduce tensions in the oil-rich region March 11, 2023, FT
ii Russia and China vow to strengthen ties despite international ‘pressure’ February 22,2023、FT
iii「カーブ・ボール~スパイと嘘と戦争を起こしたペテン師」ボブ・ドゥーギン、2008年産経新聞
iv The real meaning of Xi’s visit to Putin March 20, 2023, FT